
男子20km競歩は、陸上競技の中でも異色の種目で、「走らずに速く歩く」ことを競います。近年の日本勢の活躍も目覚ましく、東京世界陸上2025では地元の大声援を受けての熱戦が期待されています。
東京五輪(札幌開催)の同種目では日本人選手が銀メダル・銅メダルを獲得する快挙もあり、競歩は日本が世界と互角に渡り合える種目として注目度が高まっています。今年の世界大会でも、世界記録保持者を擁する日本チームがメダルに挑む姿に期待が膨らみます。
世界記録と記録の推移
競歩男子20kmの世界記録は、2025年2月に山西利和選手(愛知製鋼)が樹立した1時間16分10秒です。これは2015年に鈴木雄介選手がマークした従来の世界記録1時間16分36秒を26秒も塗り替える驚異的なタイムで、実に10年ぶりの世界新記録更新となりました。
世界トップクラスの選手たちは1kmを約3分50秒というハイペースで歩き抜きます。このペースはジョギングを上回るスピードであり、「歩く」という常識を覆す速さです。
山西選手自身、「条件が整えば1時間15分台後半も狙える」というさらなる高記録への手応えを語っており、今大会でも状況次第では記録更新へのチャレンジがあるかもしれません。ただし、東京大会は真夏の開催となるため、高温多湿の環境では記録よりも順位争いが重視される展開になるでしょう。それでも、近年の競歩界は世界記録が塗り替えられるほどレベルが上がっており、選手たちが繰り広げる高速レースに期待が高まります。
競技ルールの基本
競歩には「走らずに歩く」ための厳格なルールが定められており、審判員が選手のフォームを監視しています。他の陸上種目と比べても規則が厳しく、「いかに速く正しく歩くか」を競う競歩ならではの緊張感があります。主な反則は次の2つです。
- ロス・オブ・コンタクト(Loss of Contact):常に片足が地面に接していなければならず、一瞬でも両足が同時に地面から離れると走ったとみなされ警告の対象になります。要するに、空中に浮いてはいけないというルールです。
- ベント・ニー(Bent Knee):前脚が接地してから垂直になるまで膝を伸ばしていなければならず、膝が曲がったままだと反則となります。「膝曲がり」は競歩の生命線で、高速で歩こうとするほど膝が曲がりやすくなるため、トップ選手でも細心の注意が必要です。
競技中、コース上には6~9名の競歩審判員が配置され、選手の歩型をチェックしています。
審判員から違反と判断されるとレッドカード(失格警告)が出され、各選手の違反数は場内の掲示板で周知されます。国際大会では、3人以上の審判からレッドカードを受けるとペナルティゾーンで2分間停止(待機)しなければならず、4人以上から警告されると失格(競技続行不可)となります。
同じ審判員は一人の選手に1枚しかレッドカードを出せないため、公平性が保たれています。また、レッドカードの前段階としてイエローパドル(黄色の旗)が示されることがあります。これは「フォームを修正してください」という注意喚起で、イエローパドル自体は失格には直結しません。選手はイエローパドルを受けたら歩き方を改善し、レッドカードをもらわないよう対応します。
さらに残り100m以降は特別なルールがあり、たとえレッドカードが累積していなくても、フィニッシュ直前でフォームが乱れた場合には主任審判の判断で即時失格となる可能性があります。最後の瞬間まで気を抜けない厳しさも競歩ならではと言えるでしょう。
競歩のペース配分も独特です。先頭集団は序盤からハイペースで進みますが、無理をするとフォームが乱れ違反につながるため、選手たちは高い集中力で自分のリズムを維持します。世界記録ペースの場合、20kmを通してほぼ均一に3分50秒前後のラップを刻む必要があります。トップ選手同士の駆け引きでは、中盤から終盤にかけて徐々にペースアップし、ライバルを振り落とす展開がよく見られます。
実際、山西選手が世界新記録を出した日本選手権では、残り5kmで一気にスパートをかけて後続を突き放し、最後の1kmを3分43秒まで引き上げる圧巻のフィニッシュを見せました。このように、速さと正確さの両立という競歩の奥深い戦略性が、レースをより面白いものにしています。
日本人注目選手と見どころ
東京世界陸上2025の男子20km競歩日本代表は、近年まれに見る高水準の記録を持つ選手が揃いました。中でも最大の注目は、山西利和選手です。山西選手は現世界記録保持者であり、世界選手権で2度の優勝、東京五輪銅メダルと輝かしい実績を持つ日本競歩界のエースです。29歳となった今も進化を続けており、地元開催の今大会では悲願の世界選手権3度目の金メダルを狙います。
山西選手に続くのが、ベテランの丸尾知司選手です。丸尾選手(33歳)は従来50kmや35km競歩を主戦場としてきた実力者で、2017年ロンドン世界選手権50km競歩では4位入賞の経験があります。今季から20kmに本格シフトすると、日本選手権(神戸)で自己ベストとなる1時間17分24秒をマークし、一躍トップ戦線に躍り出ました。このタイムは日本歴代3位タイで、世界歴代でも10位タイに相当するハイレベルな記録です。
丸尾選手は東京世界陸上で20kmと35kmの二種目代表に選出されており、同一大会で2種目に出場する日本競歩選手は2009年ベルリン大会の森岡紘一朗選手以来の快挙となりました。経験豊富な丸尾選手が培ってきた持久力と、20kmで開花したスピードがどこまで通用するか、大いに注目です。
そして新星として注目したいのが、吉川絢斗選手です。吉川選手(サンベルクス所属、23歳)は大学卒業後に台頭してきた若手で、今年の日本選手権で1時間17分38秒の自己新記録を樹立して3位に入り、初の世界選手権代表の座をつかみました。初出場ながら日本歴代トップクラスのタイムを持つ吉川選手は、思い切りの良いレース運びと伸び盛りの勢いで、世界の強豪にも臆せず挑んでくれるでしょう。地元東京の大舞台で飛躍する可能性を秘めたホープとして期待が集まります。
この他にも、代表からは外れたものの古賀友太選手の存在も見逃せません。古賀選手は東京五輪20km競歩で7位入賞を果たした実績があり、自己ベスト1時間17分47秒を持つ実力者です。今大会では補欠登録という立場ながら、日本競歩界の層の厚さを象徴する選手と言えます。チームの一員として調整を進めており、もし出番がくればメダル争いに絡む力を持っています。
世界に目を向ければ、東京五輪金メダルのマッシモ・スタノ(イタリア)や、昨年の世界選手権覇者アルバロ・マルティン(スペイン)など強豪がひしめいており、ハイレベルな戦いは必至です。そんな中で、日本勢が母国開催の強みを活かし、表彰台を狙える位置でレースを展開できるかが最大の見どころです。
山西選手の世界記録更新や日本勢のメダル獲得という快挙が現実となれば、日本中を大いに沸かせることでしょう。
まとめ
東京世界陸上2025の男子20km競歩は、記録面でも選手層の面でもかつてないほど充実した状態で迎えることになります。世界記録保持者を筆頭に、ベテランと若手が融合した日本代表チームの活躍に期待が高まります。厳しい競技ルールを守りつつ限界に挑む選手たちの姿は、見る者に大きな感動と興奮を与えてくれるはずです。
真夏の東京で繰り広げられる熱い戦いを通じて、競歩という競技の魅力がより多くのスポーツファンに伝わることでしょう。日本勢の悲願である金メダル獲得なるか、そして再び世界記録が生まれるのか──9月の本番から目が離せません。日本選手たちの健闘を期待しつつ、世界の頂点をかけた熾烈なレースを楽しみに待ちましょう。