
東京世界陸上2025で注目の男子35km競歩は、50km競歩に代わり2022年から世界選手権の正式種目となった長距離種目です。選手たちは道路コースを計35km(通常1~2kmの周回路を繰り返す)歩き、約2時間20~30分かけてゴールを目指します。
最大の特徴は、その独特な競歩のルールにあります。競歩では「いずれかの足が常に地面から離れないように前進する」ことが求められ、さらに前脚は接地の瞬間から体の真下を通過するまで膝を伸ばす必要があります。この2つのルール(ロス・オブ・コンタクト=両足離地の禁止と、ベント・ニー=膝曲げの禁止)を守らずに歩くと審判から警告が出され、違反と判定されれば失格となります。
競歩の審判は8人ほど配置され、フォームが乱れるとイエローパドル(注意)が提示されます。複数の審判から累計3回の違反判定(レッドカード)を受けると失格となります。
ただし大会によってはペナルティゾーン方式が導入されており、その場合3回目の違反で競技者はピットで3分30秒間の足止め(35kmの場合)となり、4回目で失格になります。長時間のレースだけに、序盤から正しいフォームを保ち、警告をもらわないことが戦略上も重要です。
過去の大会では終盤まで先頭争いをしながら警告累積で失格となるケースもあり、選手たちは極限の集中力で技術を維持します。
男子35km競歩の最新世界記録
男子35km競歩の世界記録は近年大きく更新されました。2025年5月、ヨーロッパ競歩チーム選手権(チェコ・ポデブラディ)の男子35kmで、イタリアのマッシモ・スタノ選手が2時間20分43秒の世界新記録を樹立しました。これはそれまでの世界最高記録を57秒も更新する驚異的なタイムで、1kmあたり約4分00秒を切るハイペースでゴールしています。
スタノ選手は東京五輪20km金メダリストであり、2022年の世界選手権35km初代王者でもあります。序盤は抑えながら後半20kmをわずか1時間19分06秒という高速でカバーし、一気に記録短縮に成功しました。この世界記録ラッシュは近年続いており、カナダのエヴァン・ダンフィー選手も2023年3月に2時間21分40秒(当時の世界最高)をマークし話題となりました。
特筆すべきは、日本の川野将虎選手が残した実績です。川野選手は2024年10月の日本選手権35km競歩(山形県高畠町)で2時間21分47秒の快記録を出し、この記録がワールドアスレティックスによる35km競歩初の公式世界記録として認定されました。
従来35km競歩は世界記録の公認条件が厳しく設定されていましたが、川野選手は「2時間22分以内」という条件を初めて突破したのです。その後ダンフィー選手、スタノ選手と世界トップが相次いで記録を塗り替えており、東京世界陸上2025でも世界記録に迫る高速レースが展開される可能性があります。
日本人注目選手と見どころ
東京世界陸上2025の男子35km競歩には、日本から実力あるウォーカーたちが挑みます。ここでは日本人注目選手とその見どころを紹介します。
川野将虎:世界記録保持者・悲願の金メダルへ
日本のエースである川野将虎選手(26歳)は、この種目で世界に誇るトップ選手です。先述のように35km競歩初の世界記録保持者であり、記録面で世界の先頭に立っています。さらに競技会での実績も輝かしく、2022年オレゴン世界選手権で銀メダル、2023年ブダペスト大会で銅メダルを獲得しており、2大会連続で表彰台に上りました。
特に2022年大会では金メダルまでわずか1秒差(2時間23分15秒のアジア新記録)という僅差で惜しくも世界一を逃しており、本人も「記録は記録。チャンピオンになったわけではない」と世界タイトルへの強い意欲を示しています。
東京大会では地元の声援を受け、悲願の金メダルへ挑みます。ポイントは終盤の勝負強さ。川野選手はスパート合戦にも対応できるスピードを持ち味としており、実際に世界選手権では最後まで優勝争いに絡んできました。自ら「世界記録で優勝するつもりで臨んだ」と語る攻めのレース運びも魅力で、東京の地でも積極的なレース展開が期待されます。
丸尾知司:二種目代表のベテランが挑む完歩レース
丸尾知司選手(33歳)は日本競歩界のベテランで、長年50km・35km種目を牽引してきた存在です。2017年ロンドン世界選手権(50km)、2023年ブダペスト大会(35km)に続き、今回が3度目の世界選手権出場となります。
丸尾選手の強みは安定した歩型とレースマネジメント。今季は特に調子が良く、今年2月の日本選手権20km競歩では日本歴代3位タイとなる1時間17分24秒の好記録をマークし、同大会2位で20km代表の座をつかみました。さらに3月の日本選手権35km競歩(石川・能美)では2時間25分19秒で2位に入り、見事20kmと35kmの二種目で世界陸上日本代表に選出されています。過去の東京五輪では50km競歩日本代表として出場(32位)した経験もあり、苦い思いも糧にして臨む今大会は集大成の場となるでしょう。
見どころは、丸尾選手のレース巧者ぶりです。彼は序盤から自分のペースを崩さず、暑さや体調に合わせた配分で最後まで大崩れしない安定感があります。実際、ブダペスト世界選手権(2023)でも粘り強い歩きで入賞圏内をうかがいました。
また、今回は20km競歩にも出場予定で、「二刀流」での連戦となりますが、持ち前のスタミナと調整力でしっかり完歩してくるはずです。長丁場の35kmでは、丸尾選手のようなベテランの落ち着いた歩きが後半に効いてくる可能性があります。過酷な終盤、着実に順位を上げていく“丸尾劇場”にも期待しましょう。
勝木隼人:五輪経験を糧に掴んだ代表切符
勝木隼人選手(34歳)は、近年復活を遂げた実力者です。2018年ジャカルタ・アジア大会50km競歩金メダリストという輝かしい経歴を持ち、東京2020オリンピック50km競歩にも日本代表として出場しました。東京五輪では思うような結果を残せず悔しい経験をしましたが、その後も競技を続け、ついに今回世界陸上代表の座を奪い返しました。
勝木選手は今年3月の日本選手権35km競歩(能美)で2時間24分38秒をマークして優勝し、派遣設定記録(2時間26分00秒)も突破して東京世界陸上代表に内定しています。このタイムは日本歴代4位の好記録で、雨天・低温の悪条件下でもシーズンベストを更新する充実ぶりを示しました。レース後には「日本選手権チャンピオンとして、今度は世界陸上でメダル、優勝を目指したい」と力強くコメントしており、地元開催の大舞台への意気込みは十分です。
見どころは、勝木選手の攻めの姿勢と経験値です。勝木選手はレース序盤から先頭に立ってハイペースを作る大胆さがあり、実際に代表選考会でも積極的に飛び出して勝利を掴みました。長年の国際大会経験(ロンドン2017・東京2021など)から得た駆け引きの巧みさも備えており、状況判断力は抜群です。加えて、50kmで培った持久力は35kmでも武器になるでしょう。
東京世界陸上では「常に勝てると思ってレースを進めていた」と語る自信を胸に、先頭集団をけん引するシーンが見られるかもしれません。勝木選手がレースを引っ張り、日本勢に勢いを与える展開に期待しましょう。
おわりに:東京で生まれる新たな歴史に期待
男子35km競歩は、世界記録が次々と更新され競技レベルが急上昇している注目種目です。東京世界陸上2025では、その舞台で日本のトップ選手たちがメダル獲得、そして世界新記録への挑戦に臨みます。
川野将虎選手の世界一への挑戦、丸尾知司選手の安定感あふれる歩き、勝木隼人選手の果敢なレースメイクと、それぞれ個性豊かな見どころが満載です。日本勢同士のチームワークや、地元・東京の声援も大きな後押しとなるでしょう。ぜひ大会当日は、男子35km競歩にご注目ください。歩くスピードの限界に挑むドラマと、日本選手の活躍が、きっと皆さんを魅了するはずです。今から開催が待ち遠しいですね。各選手の健闘に期待しましょう!